ジョン・レノンが、ダコタハウスの門前にとどろいた五発の凶弾にたおれてから八 日で丸二十年 になる。生きていれば六十歳を迎える今年十月、埼玉新都心の「さいたまスーパーア リーナ」に 「ジョン・レノン・ミュージアム」がオープンした。  
  ミュージアムでは、ジョンの生涯を自筆歌詞やギター、ピアノなどの遺品とともに 、年代順に たどることができる。立体的に構成された展示を見ながら、私は、ビートルズ時代の ジョンの存 在の大きさもさることながら、「ジョンとヨーコ」の愛の絆の強さ、そして二人の音 楽表現や平 和活動のすべてに、「愛」(LOVE)の精神が脈々と息づいていることに、改めて 深く心打た れた。

  「ジョンとヨーコ」が出会ったのは、1966年、ロンドンのインディカ・ギャラリー で、ヨーコ が「未完成の絵画とオブジェ」という個展を開いた時のこと。一年半後、ジョンは、 ヨーコを自宅 に招き、二人だけでレコーディングを始める。そして、お互いの芸術的感性がぴった り一致してい ることを発見、恋におちてしまったのだ!

 二人は、その時、徹夜で作った反音楽的音楽とでもいうべきテープ作品を集めて、 『「未完成」 作品第一番/トゥー・ヴァージンズ』 と名付けて発売する。レコード・カバーには 明け方、初めて 愛し合った後、セルフタイマーで撮影した二人の全裸の写真を使った。それは、「ジ ョンとヨーコ」 の愛によって結ばれた共同人格宣言であり、既成の価値観に対して人々の意識変革を 促す「ジョン とヨーコ」の革命宣言でもあった。

 ビートルズのリーダーとして富と名声の頂点を極めたジョン・レノンに象徴されるポップス性。 反逆の芸術家オノ・ヨーコに象徴される前衛性。相反する二つの文化的、社会的価値 を一瞬にして 対等に融合させてしまった『トゥー・ヴァージンズ』は、いくつかの意味で意識革命 の必要性を人 々に突き付けていた。
 とりわけ男と女、それも「西」の男と「東」の女の新しい愛の形の構築。それまで 、西洋の男と 東洋の女の愛の関係は、オペラ『蝶々夫人』に代表されるように、エキゾチックな異 文化への幻想 と支配願望によるもので、その根底に人種的、文化的優劣の意識が根差していた。が 、ジョンとヨ ーコは、愛を二つの個性が自立しつつ共存し、そしてお互いの潜在的可能性を解き放 つ、開かれた 関係に変えてしまったのである。
 「ジョンとヨーコ」として共同人格を結成した二人は、それまで大衆の共同幻想の 舞台の上で、 フィクショナリーに演じられてきたスーパースターの愛のパフォーマンスを、当たり前の人間の等身大の愛の関係に解き放っていく。そして、自らの意識革命を通 して、『ジョンの 魂』や『イ マジン』『フライ』『サムタイム・イン・ニューヨーク・シティ』など、時代の先端 を走るアル バムを次々と発表、ロックという大衆的で、革命的なメディアを通 して、意識を変革していくこ との大切さを人々の心に広げていく。それはまた、二十世紀の大衆文化の展開に、「 思想」とい う新しい地平を取り込む試みでもあった。

 なかでも1971年、ヨーコの詩集『グレープフルーツ』にインスピレーションを得て作曲された 「イマジン」は、意識革命こそが世界を変えるという二人の思想が最も美しく結実した歌だ。「想 像してごらん、国境なんて存在しないんだ!」と歌うジョンの透明な歌声は、その頃 、吹き巡って いた時代の風に乗って、地球の隅々にまで飛んでいき、大衆の心の扉を開いていった 。そして、ジ ョンの死から九年後、東西ベルリンの壁が壊された時、世界中のメディアを通 して「イマジン」が流され、人々はあらためて、「ジョンとヨーコ」の祈りとともに、世界の構造がはっ きりと変わっ たことを実感したのである。

 解体されたのは東西の壁だけではない。男女間の格差の壁も崩れ去ろうとしている 。最近では、 ニューヨークで、ヒラリー米大統領夫人が上院議員に当選、史上初の女性大統領実現に向けて一歩 を踏み出している。「ジョンとヨーコ」が、1975年、男と女の役割を転換するために行った「ハウス・ハズバンド宣言」は世界に浸透し、ヒラリー夫人の選挙キャンペーン用テレビ コマーシャル では、クリントン大統領が「ハウス・ハズバント」を演じて話題となった。

 「ビルとヒラリー」が演じてみせたように、男と女の愛の形は、今や男が中心点と なる一つの円 ではなく、楕円形に変わりつつある。それは、三十二年前、最初のアルバム『トゥー・ヴァージンズ』で結ばれて以来、「ジョンとヨーコ」が、時代に先駆けて創り上げ、主張し、歌ってきた愛の形である。 新しい世紀が始まる今、男女の関係だけでなく、民族や国家の関係においても、排除と対立を超 えて、二つの定点が共存しあう楕円的な関係の構築が求められている。「ジョンとヨーコ」が身をもって体現して見せた楕円的な愛の関係は、二十一世紀における対立の解消に向けて、キーワードとなりうるのではないだろうか。

 「ジョンとヨーコ」が出会ってからジョンの死まで、わずか十四年。その間、愛によって世界の意識を変えようとした二人の祈りの風(エネルギー)は、ジョンの死後二十年経った今も、やむこ となく地球を吹き巡っている。その風は、新しい世紀においても吹き続けていくだろう。

 

すえのぶ みち
音楽ジャーナリスト
1948年生まれ。73年から98年までニューヨークに住み、オノ・ヨーコの秘書、共同通 信社 ニューヨーク支局勤務を経てフリーに。週刊朝日の今年の新年号からオノ・ヨーコと のインタ ビューを半年間掲載。

 

(朝日新聞 2000.12.2 朝刊)